物質は、土、火、空気、水の四元素からなるという四元説は古代ギリシア時代以来受け入れられて来ました。このアリストテレス派の思想は、中世には、錬金術師によって形を変えながらも受け継がれていました。例えば、パラケルススは、彼の唱える「三元素」は、硫黄、水銀、塩であると主張しています。また、元素は何か神秘的な力を持っていて、魔法のようなもので結合してある物質が出来上るというような考えが、アリストテレス派の伝統をくむ化学理論の中にはあったのです。本書において、ボイルはこれらの古い理論を否定しています。とはいえボイルが錬金術を全く信じなかったというわけではありません。より合理的な方法で金を作り出すことが可能であろうと考えた程度でした。
彼はベーコン学派のひとりとして、元素は実験的分析によってのみ得られ、分割不可能な極微粒子であるに違いないと主張しました。その微粒子が何であるかを同定することは出来なかったのですが、全体の混合物からある化合物を区別し、一連の実験によってその化合物をより簡単な成分に分解出来ることを確かめました。そして、物質はこれら微粒子の形、位置、運動、集り方によってちがうのであろうと推測したのです。ボイルは、現在わかっている原子と分子の区別については気づいておらず、その微粒子論も動力学理論以上のものではなかったのですが、明らかに、化学に構造的な思考を導入した人であったのでした。また、医薬に従属するものとされていた化学を切り離して、これに独立したひとつの化学としての新しい地位を与えたのです。
このように本書は錬金術から近代化学への移行を示しているのです。その当時、オクスフォードでは、科学者達の個人的な会合が頻繁に開かれ、新しい知識、情報の交換及び議論が盛んに行われていました。ボイルは、この「見えない学会」の有力なメンバーのひとりでありました。この知識人のグループは、ベーコンがかって予想したように、より大きな組織へと発展し、王立協会として知られるようになりました。ボイルはこの協会の創立者のひとりとして、協会創設期の指導的科学者の一人となったのでした。
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